今日は、代行業者から何の知らせもなかった。学校と寮が入金を確認するのを待っていて、そのあとでようやく次の動きがあるのかもしれない。
十月二十二日は、京都で年に一度の時代祭が行われる日だ。何年か前、木村拓哉が映画『THE LEGEND & BUTTERFLY』の宣伝で信長に扮し、馬に乗って街を練り歩いたのも、この祭りだったと思い込んでいた。調べてみると、あれは岐阜信長まつりだった。
年に一度の大きな祭りを、見過ごす理由はない。そこで、この機会に小旅行を組み、週末には神戸や姫路にも足を延ばせないかと計画を始めた。
旅の計画には、いつだって胸の高鳴りと期待がある。できるだけたくさんの、異なる体験を集めたい。
時代祭のために京都へ行くのなら、ついでに歌舞伎も観たくなる。調べてみると、大阪松竹座は二〇二六年五月に閉館し、建物の解体も決まっていた。今回の関西の旅では、京都の南座がいちばん都合がよく、ほとんど唯一の選択肢になった。
最後に歌舞伎を観たのは、もう三十年近く前のことだ。
当時の私は大学一年生で、一人で一週間、東京を旅していた。歌舞伎町を歌舞伎座のある場所だと勘違いし、何周も歩き回った。目に入るのは美女の大きな顔写真と、格好いい男や女が印刷された店の小冊子ばかり。劇場はいったいどこにあるのだろうと、ずっと首をかしげていた。
場所を間違えていたと気づいてから、ようやく電車に乗り、歌舞伎座へ向かった。
そのころには、もう夕方が近かった。少し洒落た雰囲気で、カウンターがあり、食事もできる店を見つけて中に入った。
若かった私は、いったい何を考えていたのだろう。どうしてわざわざカウンターのある店を選んだのか、もう思い出せない。たぶん、一人でテーブル席に座るのは変だし、映画では一人客はみんなカウンターに座っている、そんなふうに考えたのだ。だから、そのまま真似をした。
カウンターにはちょうど、金髪の外国人女性が座っていた。彼女も一人旅の途中に見えた。
先に話しかけたのは、たぶん私だったと思う。あまりに昔のことで、細かなところはもう覚えていない。互いの旅について話した。彼女がスイス人だったこと、そして、その夜は何の予定もなく、まだ何をするか決めていないと言っていたことは覚えている。
そこで私は、歌舞伎を一緒に観に行かないかと、何気なく誘った。
三十年前は、一幕見席の切符もまだかなり買いやすかった。私とそのスイス人女性は切符を買った。一枚、千円くらいだっただろうか。あの日に何を観たのかは、今ではすっかり忘れてしまった。
子どものころ、私は祖父と一緒に京劇を観ていた。歌われる物語は一言も理解できなかった。歌舞伎も、私にとっては京劇を観たときの感覚によく似ていた。筋書きはぼんやりとしか分からなくても、役者の歌や演技、語りや立ち回りを味わうことはできた。
十数年ほど前にも、もう一度、一幕見席を買って入ろうとしたことがある。けれど、その日はすでに売り切れていて、悔しい思いのまま帰るしかなかった。
今回はその教訓を生かして、早めに日程と切符を調べることにした。
サイトを開いて初めて、歌舞伎は毎月上演されているわけではないと知った。公演がある月も、昼の部と夜の部に分かれていることが多い。
そこで私は、実にうまいことを思いついた。昼の部を観て、午後には別の街へ移動して観光すればいい。
ところが、十月の昼の部はすべて完売していた。目の前の表示が信じられなかった。京都の人は、みんなそんなに早起きなのだろうか。
思惑は外れ、切符が残っているのは夜の部だけだった。旅程をもう一度考え直すしかない。
Google によると、歌舞伎を一公演すべて観るには四時間ほどかかるらしい。役者たちは午前十一時半に始まる昼の部を終え、午後四時には続けて夜の部に立つ。一日が終わるころには、さぞ疲れ切っているだろう。まだ舞台を観てもいないのに、先にその体力へ敬意を抱いてしまった。
そういえば、『国宝』は歌舞伎役者の人生を描いた、私の好きな映画だ。ドイツでの公開を長いあいだ待っていたけれど、いつまでたっても上映される気配がなかった。台湾にいたとき、先に観ておいて本当によかった。
歌舞伎のほかにも、なぜだか私の記憶は、宝塚歌劇団は大阪にあるのだと、ずっと私に言い聞かせていた。
大阪に松竹座がなくなっても、せめて宝塚なら観られるだろう。そう思っていた。
ところが、宝塚は大阪ではなく兵庫にあった。大阪にぴったり寄り添うような場所なのだから、と言い訳するしかない。
さあ、旅の計画を書こう。これから見聞きしたいものを、一つずつリストに集めていこう。

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