旅の余白

ワンドのキングを思わせる光景のなか、東アジア系の男性の王が、獅子とサラマンダーの彫刻を施した玉座に座り、一本だけの花咲く杖を掲げている。背後には京都の神社の黄昏の灯、花傘の行列、若い世代が続き、手前から東アジア系の中年女性旅行者が見上げている

神と人。10月10日

語学クラスのグループに返ってきたわずかな反応から、御香宮神社の神幸祭を埋める人波、花傘、御神灯へ。伏見の黄昏のなかで、祭りを通して人と神霊がともに歩く姿を見た。

十月十日、台湾の双十国慶節。

これはいったい、どんな目に見えない巡り合わせなのだろう。台湾の西にある中国の国慶節は十月一日、ドイツの統一記念日は十月三日。

どれも申し合わせたように十月に集まっている。

そして私はたまたま、十月のこの週、京都の御香宮神社で神幸祭があり、十月十日の夜には花傘の催しがあると知った。

立派な吸血鬼としては、

この一週間、三日続けて早起きし、朝食を食べ、授業の復習をし、仕事のメールに返信するという日程に、すっかり疲れていた。

週末は必ず、満足するまで寝るという任務を遂行しようと決めていた。

夜の催しなら、これほど私にぴったりなものもない。

そこで、この知らせを語学クラスのグループに流し、一緒に行きたい人がいるかどうか聞いてみた。

結局、反応があったのはロシア人のクラスメートと、同じドイツ組のクラスメートだけだった。隣に座る中国人のクラスメートは、参加できない代わりに親切にも京都の写真を送ってくれた。ほかの国のクラスメートたちは、揃ってひっそりと沈黙していた。

なぜなのか私にもわからないが、授業が終わっても、クラスメートたちには積極的に交流しようという気持ちが、あまりないように見える。

まあ、どちらでもいいけれど!

若い世代はもう、私が知り、理解している姿ではなくなったのかもしれない。それでも中年の一人として、私はやはり若い世代の考えに近づき、理解してみたい。そうでなければ、どうやって若い世代を導く中間世代になれるのだろう 🙂

朝は満足するまで眠り、それから少し仕事を片づけた。午後になって、年に一度の花傘祭りを見るため、京都の御香宮神社へ出発した。

京阪電車が京都へ近づくほど、周囲の家々は次第に低く、古びた姿になっていった。大阪の鉄筋コンクリートを中心とした現代建築とは、まるで別世界だった。

やはり私は、こういう雰囲気がかなり好きなのだと思う。ただ、京都の周辺で暮らせるだけの条件が、自分にあるのかどうかはわからない。

祭りは夜六時に始まるので、私は早めの五時頃、まだ空に明るさが残っているうちに神社を見て回った。

今日の神社は、本当に人でいっぱいだった。空いた広場にもさまざまな露店がひしめき、夜市よりも密集して賑やかで、参拝の列は長く伸びていた。

御香宮神社の現在の本殿は、慶長十年、西暦一六〇五年に建てられた。主に安産と子どもの無事を願う神社なので、絵馬や飾りも親子に関わるものが多く、花傘踊りに参加する団体にも、学校や、果ては幼稚園の一団までたくさんいた。

一行は出発地点で、まず審査員に向けて一度演技を披露し、それから大手筋商店街を通って神社へ向かう。

重い花傘を掲げたまま踊る。足取りそのものは単純に見えても、ひどく体力を消耗する仕事に違いない。

行列の先頭を歩き、「御神灯」を担ぐ人が通り過ぎるのを見た。なぜなのかはわからない。ただ「御神灯」という三文字を見ているだけで、私は胸を動かされた。神様のために道を開いているように見えた。

灯のなかにともる光は、人と神霊をつなぐもの。この土地に生きる意志だ。

天地創造の神が語られる壮大な物語とは違い、神道の神々は大地に近く、いつでも人の世を歩いている精神のかたちだ。

自分に従う者は栄え、逆らう者は滅びると、異教徒に裁きを下すこともない。

それは、なかなかいいことではないだろうか。

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