気がつけば、もう週末だ。
今日は、仕事の問い合わせに対する返信が二通届いた。
京都のある会社からは、前と同じく「英語での対応ができない」という理由で断られた。けれど、いい知らせもある。大阪の会社からは前向きな返事が来た。
ついでに、二社の会社概要を改めてじっくり読み比べてみた。ウェブサイトに掲載された成約件数と経験だけを見るなら、京都の会社に分があるように思える。料金も業界の原則に沿ってはいるものの、個別に設定される手数料については、大阪の会社より少なくとも百万円は安かった。
大阪の会社から届いた返信は、京都の会社のものよりずっと短く、内容も簡潔だった。要するに、「お探しの依頼案件は弊社の業務範囲に含まれます。検討のため、御社の情報をご提供ください」ということだった。
返信をくれたのは、その会社の代表取締役だった。経歴によれば、もともとは地方の記者で、その後アメリカへ留学し、起業と仕事を経験している。英語でのやり取りを、さほど大きな壁と感じていないように見えるのも無理はない。
けれど、そのことから別の疑問も浮かんだ。日本には本当は優れた製品がたくさんあるのに、言葉の壁のために、国内市場にとどまることを選んでいる企業も多いのではないだろうか。
日本経済は「失われた三十年」を経験してもなお、基礎的な力を保っている。だからこそ、大半の商売は国内市場だけを支えにしても生き残ることができた。けれど、円安が大きく進んだ今、日本企業の置かれる状況はますます厳しくなるだろう。世界の工場と呼ばれる中国で、企業が生き残るため、激しさを増す国内競争から抜け出すため、次々と海外へ打って出ているのと同じように。
言葉というものは、結局、恥を承知で口を開ける人に機会が巡ってくる。
ところが、東アジアの伝統的な教育文化は、文法の正しさをあまりにも重んじてきた。その結果、話すことを恐れる人が、世代から世代へと育てられてきた。
口を開くそばから、自分を批判し始める。今の文は正しかったのか。発音は本当に自然だったのか、と。
最初に返事をくれたこの日本企業の代表取締役は、業界ではそれなりに名の知られた人物らしい。著書だけでも四、五冊あり、本人も長年にわたり、不定期ながらマーケティング、ビジネス、電子商取引、企業戦略などについてブログで発信を続けている。その経営モデルには、私が思い描いているものと不思議なほど通じるところがある。
ただ、この社長が提唱するビジネス上の考え方の一部は、アメリカやシリコンバレーでは、かつて流行した当たり前のものだったのかもしれない。AIが台頭して以降、アメリカのスタートアップ界が今どのような方向へ進み、どんな空気の中にあるのかは分からない。日本では、ここ数年の経済環境の変化と人口構造の変動が重なったことで、ようやく「出口戦略」が注目される分野になってきたのかもしれない。
この会社が手がけていることの多くが、私のやりたいことと重なっている。それを目の当たりにすると、何とも不思議な気持ちになる。
連絡先の幅を広げるため、Googleに頼んで、接触できそうな企業をもう一度まとめて探してもらった。
やはり、検索から始まったGoogleは強い。広く情報をすくい上げ、そこから必要なものを選り分ける力では、今もOpenAIを上回っている。
資料を調べながら、日本の新しいビザ政策と、不法移民の強制送還に対する厳しい方針についても、改めて詳しく目を通した。
その多くは、ドイツと対比して考えることができる。
また日を改めて、このテーマについて思うことだけをじっくり書いてみたい。

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